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鹿児島地方裁判所 平成8年(行ウ)4号 決定 1997年8月18日

申立人

鹿児島県

右代表者知事

須賀龍郎

右訴訟代理人弁護士

蓑毛長史

被参加人(被告)

前鹿児島県知事 土屋佳照

右訴訟代理人弁護士

和田久

石走義宏

相手方(原告)

向原祥隆

続博治

棈松基

宮崎和隆

上野敏孝

西村輝子

理由

第三 補助参加の申立ての当否についての当裁判所の判断

一  補助参加制度の元来の趣旨と補助参加の利益について

1  民事訴訟法六四条所定の補助参加制度は、元来、他人間に係属する訴訟

(本案)の結果に利害関係を有する第三者が、当該訴訟に参加の上、当事者の一方を補助して訴訟を追行し、被参加人を勝訴させることを通じて、右第三者の法律上の利益を擁護するとともに、一定の限度で判決の効力いわゆる参加的効力を補助参加人に及ぼす(同法七〇条)ことにより、補助参加人を含めて当該訴訟の包括的な解決を図る趣旨のものであるから、補助参加の申立ては、当該訴訟の当事者のいずれを被参加人とするかを特定してなされることを要するとともに、補助参加の利益の有無は、補助参加申立人と被参加人の関係において、被参加人を勝訴させることを通じて、同申立人の法律上の利益が擁護される関係にあるかどうかという観点から判断することを要するものである。

2  そして、同法六四条の規定する「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル第三者」とは、本案判決の主文における訴訟物たる権利又は法律関係の存否自体に関する判断について法律上の利害関係を有する者をいい、この法律上の利害関係とは、本案判決の主文における当該訴訟物自体についての判断が補助参加申立人の私法上若しくは公法上の権利関係又は法律上の地位に影響を及ぼす場合であることを要するものである。

二  地方自治法二四二条の二第一項四号により普通地方公共団体の住民が当該地方公共団体に代位して行う、当該職員に対する損害賠償の訴訟において、当該地方公共団体が、当該職員を被参加人として申し立てた補助参加の利益についての右一の考え方の当てはめ

1  右の訴訟(以下「損害補填に関する住民訴訟」という。)は、当該地方公共団体が、当該職員の違法な行為によって被った損害の回復のため、当該職員に対し、実体法上、地方自治法二四二条の二第一項四号所定の損害賠償請求権を有するにもかかわらず、これを積極的に行使しようとしない場合に、当該地方公共団体の住民が、同地方公共団体に代位し、訴訟追行権者となり、当該職員を相手にして、右損害賠償請求権を代位行使し、当該職員から当該地方公共団体に対し右損害賠償額を支払うよう求めるものであり(最高裁昭和五〇年五月二七日第三小法廷判決・集民一一五号一五頁、判例時報七八〇号三六頁参照)、実体的権利の帰属者(当該地方公共団体)と訴訟追行権者(当該地方公共団体の住民)が分離する点で、講学上、第三者の訴訟担当とよばれるものの一種であり、類似の制度に、民法四二三条に基づく訴訟等がある。

2  したがって、損害補填に関する住民訴訟の訴訟物(地方公共団体の住民が主張する実体法上の請求権)は、当該地方公共団体が当該職員に対して有する損害賠償請求権であるところ、同訴訟の確定判決は、当該地方公共団体に対しても効力を及ぼすものである(民事訴訟法二〇一条二項。最高裁昭和五八年四月一日第二小法廷判決・民集三七巻三号二〇一頁参照)から、同訴訟において当該職員が敗訴したときは、判決主文において、当該職員から当該地方公共団体に対し損害賠償の支払を命ずる旨の当該地方公共団体にとって利益な判断がなされ、逆に、当該職員が勝訴したときは、判決主文において当該地方公共団体が当該職員に対して右請求権を有しない旨の当該地方公共団体にとって不利益な判断がなされることにほかならない。

3  以上のように見てくると、判決主文における訴訟物の判断に関する限り、当該地方公共団体は、当該職員を勝訴させることを通じて、同地方公共団体の法律上の利益が擁護される関係にはないということになるから、右一の考え方を、損害補填に関する住民訴訟に当てはめると、当該地方公共団体は、当該職員に対して補助参加する利益がなく、したがって、補助参加することはできないという原告らの主張は理由があるかのようである。

しかしながら、右主張に与することはできない。その理由は、後記三のとおりである。

三  損害補填に関する住民訴訟における補助参加の利益についての当裁判所の見解

1  住民訴訟の歴史的背景

地方自治法二四二条の二第一項が規定する住民訴訟は、アメリカ合衆国の各州で広く行われている納税者訴訟を範として、昭和二三年の地方自治法の改正(同年法律第一七九号)において創設され、その後の改正を経て、現在のように整備されてきた行政事件訴訟である。

そして、行政事件訴訟には、国民の個人的な利益の保護を目的とする主観訴訟(抗告訴訟、当事者訴訟)と、客観的な法秩序の維持を目的とする客観訴訟(機関訴訟、民衆訴訟。行政事件訴訟法二条)とがあるが、損害補填に関する住民訴訟は、右のうちの民衆、訴訟(同法五条)に属するものである。

2  住民訴訟の意義・目的

右の歴史的背景を有する住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による地方自治法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから、これを防止するため、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として、住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものであって、執行機関又は職員の右財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立する場合に、住民が自らの手により違法の防止又は是正を図ることができる点に、制度の本来の意義がある。すなわち、住民の有する右訴権は、地方公共団体の構成員である住民全体の利益を保障するために法律によって特別に認められた参政権の一種であり、その訴訟の訴訟追行権者は、自己の個人的利益のためや地方公共団体そのものの利益のためにではなく、専ら訴訟追行権者を含む住民全体のために、いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を主張するものであるということができる。損害補填に関する住民訴訟は、地方公共団体の有する損害賠償請求権を住民が代位行使する形式によるものと定められているが、この場合でも、実質的にみれば、権利の帰属主体たる地方公共団体と同じ立場においてではなく、住民としての固有の立場において、財務会計上の違法な行為又は怠る事実に係る職員等に対し損害の補填を要求することが訴訟の中心的目的となっているのであり、この目的を実現するための手段として、訴訟技術的配慮から代位請求の形式によることとしたものであると解される。この点において、右訴訟は、民法四二三条に基づく訴訟等とは異質のものであるといわなければならない(最高裁昭和五三年三月三〇日第一小法廷判決・民集三二巻二号四八七頁参照)。

3  損害補填に関する住民訴訟と主観訴訟である民法四二三条に基づく訴訟等との比較

(一)  確かに、代位訴訟(第三者の訴訟担当)という点では、右両訴訟は共通した性格を有している(例えば、訴訟の判決の効果は、民事訴訟法二〇一条二項により、被代位者にもその効力が及ぶ。ただし、民法四二三条に基づく訴訟等の場合、被代位者にその効力が及ぶ要件について争いがある。)が、右1・2の説示に照らし、具体的に、民法四二三条の債権者代位訴訟に例をとると、債権者(当該債権者代位訴訟の訴訟追行権者)は、自己の債務者(被代位者)に対する債権を保全するために、被代位者(債務者)の債務者(訴訟追行権者との関係では第三債務者)に対して有する債権を行使(代位行使)するものである点において、主観訴訟であるのに対して、損害補填に関する住民訴訟は、自己の個人的利益のためや地方公共団体そのものの利益のためにではなく、専ら自己を含む住民全体のために、いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を主張するものである点において、客観訴訟なのである。

(二)  換言すれば、執行機関又は職員の財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立する場合に、住民が自らの手により違法の防止又は是正を図ることができる損害補填に関する住民訴訟においては、

(1) 訴訟技術上、住民が当該職員を相手に訴訟追行権者となる関係で、形式上、対立しているのは住民と当該職員であり、地方公共団体は当該職員とも区別される純粋の第三者であって、住民と利害関係を共通にするかのような外観を呈するが、

(2) 実質上、地方公共団体と当該職員は、右財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について利害関係を共通にし、

(3) 地方公共団体と住民の利害関係が実質上対立しているのである。

4  まとめ

右の1ないし3の説示によれば、

(一)  民事訴訟法六四条は、その制定当初において、損害補填に関する住民訴訟を念頭においていたものではないところ、

(二)  損害補填に関する住民訴訟の目的・意義及び同訴訟における関係者の具体的実質的利害状況を考慮すれば、同訴訟において、権利の帰属主体たる地方公共団体が、財務会計上の違法な行為又は怠る事実に係る職員等を被参加人として補助参加できる利益があるかどうかは、その判決主文における訴訟物の判断に劣らず、執行機関又は職員の右財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否についての判断にも重要性があるものといえるから、その例による(地方自治法二四二条の二第六項、行政事件訴訟法四三条三項、七条)とされる民事訴訟法六四条の「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル第三者」とは、判決主文における訴訟物に関する判断について、被参加人と法律上の利害関係を共通にする者に限られると形式的にのみ解するのではなく、判決理由中で判断される「執行機関又は職員」の財務会計行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について、実質上、被参加人と法律上の利害関係を共通にする者も含まれると解するのが相当である(このような実質的考慮の方法については、場面は異なるが、前掲最高裁判所昭和五三年三月三〇日第一小法廷判決が「損害補填に関する住民訴訟の特殊な目的及び性格にかんがみれば、その訴訟の訴額算定の基礎となる『訴を以て主張する利益』については、これを実質的に理解し、地方公共団体の損害が回復されることによってその訴の原告を含む住民全体の受けるべき利益がこれにあたるとみるべきである。そして、このような住民全体の受けるべき利益は、その性質上、勝訴判決によって地方公共団体が直接受ける利益すなわち請求に係る賠償額と同一ではありえず、他にその価額を算定する客観的、合理的基準を見出すことも極めて困難である」と判示しているのが示唆的である。)。

(三)  かかる意味において、損害補填に関する住民訴訟における補助参加の利益に関する解釈は、右(二)のとおり、右一の見解が変容を受けるというべきである。

そして、損害補填に関する住民訴訟の目的・意義に照らすと、地方公共団体が当該職員側に補助参加する利益があるといったからといって、対立当事者構造をとる民事訴訟の基本構造に反するものではない。

四  結論

1  右三の4の(二)の見解に立って本件を検討するに、本件訴訟の主たる争点は、被告が職務行為としてした西田橋解体撤去工事の決定等が違法であるかどうかにあるところ、本件記録によれば、申立人(県)は、被告の右行為が適法であることを前提として、現在においても西田橋解体撤去工事を重要な事業内容として含む甲突川河川激甚災害対策特別緊急事業を継続して実施していると認められるから、仮に、本件訴訟において被告の右行為が違法であると判断されて被告が敗訴すれば、申立人(県)は、過去において適法に支出し、もはや自己に帰属すべきではないと考える金員の返還を受けるのを余儀なくされることになるのみならず、関連する財務会計処理のあり方も問われて、その見直しが要求され、現在進行中の甲突川河川激甚災害特別緊急事業やこれに関連する西田橋の移設等まで見直しが必要となる関係にあると認められる。

2  そうとすれば、申立人(県)は、本件訴訟について「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル第三者」(民事訴訟法六四条)に該当するところ、本件訴訟において、右職務行為の適法性を主張立証しようとする被告とその利害を共通にしているものと認められる(被告は、本件第八回口頭弁論期日(平成九年四月二八日)において、本件補助参加の申立てにつき異議がない旨の申述をしている。)から、被告を被参加人として補助参加をする利益があると解するのが相当である。

よって、申立人(県)の補助参加の申立て(主位的申立て)は理由がある。

(裁判長裁判官 簑田孝行 裁判官 山本由利子 冨田敦史)

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